民法判例研究会編『判例民法第1巻〔大正10年度〕』(有斐閣、第5版、昭和5年)1–8頁〔末弘厳太郎〕

[*1]序

□ 判例が法源となるや否やの問題を論争すべき時は既に過ぎた。理論的に謂えば今尚議論の余地は無論ある。併〔しか〕し判例を度外視して現行法の何たるかを知ることは今や全く不可能となつた。それは議論にあらずして事実である。而〔し〕かも確定した事実である。

 現に不動産物権の対抗要件に関連して起る幾多の問題、売渡抵当に関する一切の問題、内縁の妻に関する法律関係、水に関する複雑な法律問題等に関して、之を支配する現行法の何たるかを知らむと欲する者が、若しも判例を外にしてこれを求めむとするとき彼は果して何物を得るだらう。又成文上明瞭に規定されて居り従つて解釈上何等の疑ひをも残さないと思はれてる法規でさへ、一度実際問題として裁判所に現はるゝや、適用上極めて微妙な複雑した作用を示す。学者が机の上で空に考へれば二様に解釈される余地の全然無い規定が、一度裁判所の手にかゝると、或は甲の事案については甲の裁判となつて働き、或は乙の事件については乙の裁判となつて現はれ、而かも其後甲と同様の事件起れば常に必ず甲なる裁判が表はれ、乙が起れば又反対に乙の裁判が下る。学者は之を以て裁判所の御都合主義と罵るかも知れない。而かもそれは争ふべからざる事実である。[*2]世の人にとつてはそれが法である。

 判例を知らないでどうして現行法を知ることが出来やう。

□ 裁判所は法を解釈し適用する所である。立法の府ではない。之は法治国に於ける真理であり、又我国憲法の命ずる所である。然るに裁判所の実際為す所を見ると、彼等も亦終始『創造』を続けてやまない。法は現に彼等に依つて作られつゝある。彼等の為す所は矛盾ではあるまいか。違憲ではあるまいか。

 机上に法を考へる人々は之を違憲だと叫ぶ。而かも世の中はこれを是認する。裁判所が世の中の要求する適宜の『創造』を怠るとき世の中は彼等を嘲つて『化石』と呼び『没常識』と罵る。机上の人是か世間の人果して非か。

 机上の人は曰く、裁判所は立法機関にあらず、と。併し其所謂『立法』とは何だらう。問題は結局此言葉の意義をどう決めるかに依つて定まる。成程法律を制定し勅令其他の命令を作る機関の何たるかは憲法之を明定して居る。併し彼等の作つたものゝみが法の全部だらうか。否、そうではない。仮りに彼等があらゆる将来を想像した完全な法律命令を制定し得たとしても、之を千変万化の世の中に適用するとき、因つて得る所の結論は極めて複雑なものになる。此場合を現実的に[*3]観察して言ひ表はせば、立法府は法の『外囲』〔がいい〕を造り、裁判所は其『内容』を作るのだと謂うても差支あるまい。因て得た所の『内容』を言葉の上では法と呼ぶや否やは抑も〔そもそも〕末〔すえ〕である。事実に於ては法と区別せらるべき何物でもない。

 殊に立法は人間の仕事である。複雑な世の中にしつくり当てはまる完全なものが出来る訳がない。仮りに或る一時点に於ては出来るとしても時勢の変遷は忽〔たちま〕ちにして之を不完全なものたらしむる。此等の原始的及び後発的の欠缺を補つて世の人に規準を与へるものは判例でなくて何だらう。

 又時には法令に明文があるに拘らず、裁判所は社会的需要に迫られつゝ之と異なる裁判を下さねばならぬことがある。無論裁判所は表向き正面から明文を否定しないけれども、或は意識的に又は無意識的に、事実的乃至法律的のあらゆる手段を尽して、事実上其明文なきと同一の結果を認める。形式的に云えばそは尚法を適用したるものなるべし。しかしながら事実は裁判所法を破つて新法を樹てたのと何等区別せらるべきものがない。

 要するに、事実を事実として見れば、裁判所も亦創造者である。法は決して憲法上の立法機関のみに依つて作らるるのではなく、裁判所に依つても亦作られるのである。裁判所の『創造』的性質[*4]を否認することは、裁判制度そのものの必至的属性として事実上必ず存せねばならぬものを一片の空理に依つて否定せむとする無謀な企に外ならぬ。

 無論、一概に法源と云ふても、其中には第一次的のものもあり第二次的のものもあり、其力にも強弱高低の差等はあらう。故に判例が法を作ると云ふ意味は議会が法律を制定するものと全く同一のものでないことは確かである。而かも因つて出来上る所の法は尚或る意味に於て法であり、世の中一般に対し成る程度に於て行為の規準を与ふるものである。

 裁判所は立法府ではない。しかしながら単なる法律適用の道具ではない。不断の『創造』に依つて生活と法令との調和を計るPeace-makerである。

□ 殊に大審院の判決は、それが最高唯一の機関に依つて為さるゝこと及び裁判所構成法第四九条に依つて其不変性が保障されてることの二点に於て、其法律的効力が可成り強い。従つて、現行法の何たるかを知らむと欲する者は、少くとも大審院判決だけは之を度外視することを許されない訳である。

 此理由で吾々は大審院判決の研究を企てたのである。所で、愈々〔いよいよ〕研究を始めて見てみると、先づ第一にこんな疑問が起つた。現在の我が大審院は、其判決を与ふるに当つて、法の『創造』者としての[*5]其本分を完全に尽して居るだらうか、吾々はかく疑はざるを得ない。裁判所は法を『創造』する。併し其方法及び因つて出来る所の法は、立法府が制定する場合と異なつて、極めてkasuistischな具体事実と離れない微妙なものである。立法府の立法が抽象を特色とするが如く、判例法は具体を以て本分とする。それならば、これ〱〔これこれ〕斯く〱〔かくかく〕の具体的事実に付いて而か〱〔しかしか〕の判決が与へられたと云うことが一般人に依つて容易に認識され得るやうに出来なければ、判決の法律創造者として天分は十分に発揮されたと謂うを得ない。然るに現在の大審院判決には原則として事実の記載がない。而〔し〕かも抽象的理論に至ると直接事件に関係のない点まで詳しく論ぜられてる。其記す所学者の論説と多く区別せらるべきものがない。

 大審院は此非難に対して次の如く答へるに違ひない。「大審院は事実を審理する所ではなく、唯原判決が法律に違背したりや否やを判断する職分を有するに過ぎないから、専ら上告人の法律論を聴いて之に是非の判断を与へればいゝのだ」と。成程裁判所第一段の職分は現在其判断を乞はれてる一事件に対して判決を与ふるに在る。而して大審院としては唯法律の論点につき上告人の云う所を是非すれば足りる。乍併〔しかしながら〕、それならば裁判所構成法第四九条は何の為めに存在するのだらう、又法律が最高裁判所を唯一として法律解釈の統一を計つてるのは何故だらうか。大審院判[*6]決に特殊の先例力——法律創造力——があることを別にして此事柄が能〔よ〕く説明され得るだらうか。否、決してそうではない。殊に裁判所に依つて『創造』される法は具体を特色とすること先にも述べた通りである。然らば大審院が現在の如く上告人と抽象的な法律論を闘はすことのみを以て満足して居ては、其職分の一半は全然没却されてると謂はねばならない。

 無論大審院は原判決の法律違背を匡〔ただ〕す所である。だから新に事実を審理しない。けれども事実を見ずに空理を考へるのではなく、第二審の確定した事実を基礎として其上で具体的な法律論をするのである。然るに判決を書く段になると、其自ら具体的判断の基礎とした事実を全く覆ひ隠し、単に抽象的な理屈のみを現はす。斯くの如きは実に具体的法律の創造者たる地位を自ら放棄するものであつて、明かに制度の精神に添はぬ態度である。加之〔しかのみならず〕、自らは具体的論理を考へながら外形上恰も形式的論理のみに依つて裁判したるが如き外観を粧〔よそお〕ふことは明らかに虚偽である。而して従来大審院の判決が屢々〔しばしば〕世の人に依つて批議されるのも主として其の真に判決理由として考へた具体的論理を覆ひ隠して形式的論理のみを示すが故に、判決は自ら世の人を承服するに足るべき十分の理由を具備しないことになるからである。

 此故に吾々は今後大審院が法律に依つて命ぜられた其職分を充分に尽くして独り具体的事件の判[*7]断者としてのみならず、具体的法律の創造者としての職分をも十分に発揮する為めに、其判断の基礎となつた事実をも判決の上に充分明示して欲しいのである。かくしてこそ初めて吾国の法律が真に内容の充実した活々したものになるのである。

□ 吾々は毎週一回づゝ東京帝国大学法学部民法研究室に集会して、大審院判決録を逐次的に研究している。其結果を集めたものが即ち本書である。

 取扱ふ判決は主として直接民法に関するもののみに限る。しかしながら民法の研究と密接の関係ある限り時には商法刑事法其他の領分に侵入する積りである。

 研究の目的は具体的法律を知らむとするにある。故に先づ第一には判決中極めて不完全な事実の記載中から成るべく詳細に事実関係を拾ひ集めることを力める。而して第二には裁判所が此事実に対して如何なる裁判を与へたかを簡短に摘記する。そうして最後に評釈を附ける。評釈を加へる趣旨は従来諸学者に依つて試みられた判例批評とは全く異なつたものである。主として其判決と従来の判例との連絡を尋ねて当該の問題に関する具体的法律の変遷及び其内容が漸次に充実して来る様子を説明するに在る。無論各担当者の見込みに依り多少の意見を附することもあるが、それすら成るべく具体的の事実を離れて抽象的に議論するやうなことのないやうにと心掛けて居[*8]る。

 各集会毎に吾吾は各担当した事件について本書に収めたやうな簡短な報告を準備する。そうしてそれを順次に朗読して皆皆の批評を受け意見を聴くのである。形式を離れた活活した若者の集まりである。一人も傍聴者のない、総てが共同に働く所の、本統に活きた学会である。

大正10年7月

末弘厳太郎

中川善之助

穂積重遠

平野義太郎

我妻栄

東李彦

田中誠二

*「大審院判決録」は、其の後廃刊せられて、「大審院判例集」が発刊せられ、「判決録」になかつた「事実」の要旨が記載されることとなつた。それらに付ては次年度の序に於て吾々の見解が述べられるであらう。

[*9]凡例

一 本書は大正十年七月から、毎週一回づつ東京帝国大学法学部民法研究室に集つて、大正十年度大審院判決録(第二十七巻)を逐次的に研究した結果を集めたものである。初め法学協会雑誌三九巻九号以下四〇巻九号迄に掲載し、本書はそれに修正を加へて纏めたものである。

二 事件番号は大審院判決録中、其の順序を逐〔お〕ひ民法に関係あるものとして、本会が逐次的に研究して行つた順序を示す。内容みだしは、判決録作成者の所謂「要旨」に因つたものでなく、事案の具体的事実に付て、判決が直接に言明した「具体的判断」をアブリビエートしたものである。其の点に於て第一に本書は判決の「具体性」を特に顧慮してある。

三 第二に、本書は判決の「個別性」を重視する。個別的一回的生起の具体的事案を解決せんとするのが判決の任務であるから、「具体的事実」をよく探求し、それの解決を判旨として掲げた。であるから、事実はなるべく詳細にしるし、「判旨」は判決録作製者の「判旨」と称するものとは必ずしも同一ではない。

四 第三に、本書は判決の評釈を試みている。其評釈といふのは従来の「判例批評」が判決の結[*10]論に至る論理的推度〔すいたく〕の誤れるものを指摘するに止つた方法を排斥して、判決が実際上の問題を解決する作用を考慮に入れ、しかも其の結論を演繹すべき論理的方法を批評し釈明しようとするのである。

五 第四に、本書は判決の組織的研究を試みている。当該判決と他の判決とを比照し、其の一致と差異とを明かにし、散乱したる多数の判決の間に該判決の適当な地位を定め、しかも、そこに一の理論を創造し、少くとも趨勢を指摘することに努めている。かくして、本書は判例の彙類〔いるい〕と其の進歩とを総合しようとし、其の努力が判例法に自覚の焦点を与えんことを期待する。

六 目次は判決の要旨の内容に従つて、民法及び関係諸法の編・節・款順に組織し、各関係法条の中に按配〔あんばい〕した。蓋し〔けだし〕、判決も亦法規の適用である以上は、論理的には各法条の解釈になるからである。けれども法の欠缺が判例法の活躍を促している場合には、特別のサブジェクトの中に包括し、また法条があつても判例の進化が特別のサブジェクトを必要とするものは、別の項目を置いてある。売渡担保の如きは、前者の例で、入会の如きは後者の例である。法文索引、判決若くは決定の月日並に判決録の追頁と本書の番号並に追頁との対照は巻末に出してある。

七 本書の序は、民法判例研究会の綱領として法学協会雑誌掲載の同年度民法判例研究録の冒[*11]頭に宣言せられたものであつて今もなほ変りはない。当時オリジナル・メンバーズだつた穂積、末弘、我妻、中川、平野の以外に本書にも既に東、田中(誠)両氏が参加して研究せられ、今では鳩山、松本、田中(耕)、菊井、藤田、平井、山尾の諸氏を迎へて、共に研究に没頭していることを附言したい。

八 尚ほ、本書に於て研究されている大正十年度諸判決以後に、言渡された判決、並に本会で取扱はれた判決に対して、諸学者の為した批評乃至論文も、適宜に引用して置いた。

via 国立国会図書館デジタルコレクション

民法判例研究会編『判例民法第1巻〔大正10年度〕』(有斐閣、第5版、昭和5年)1–8頁〔末弘厳太郎〕」への4件のフィードバック

  1. これ大正11年度のやつもあわせて読むといいですよ。

  2.  コメントありがとうございます。拝読します。誤字脱字をいくつか修正しましたが、まだ残っているかもしれません。

  3. いつも勉強させていただいております。
    先生の方針としては、原文の漢字は現代的表記にしつつ、仮名づかいは一部を除き(「つ」を小さくするとか「加へる」を「加える」にするとか)、原文のままということでしょうか。

    最後から二段落目のところですが
     2行目  事実の記録中 → 事実の記載中
     同    集めることに力める → 集めることを力める
     5行目  其判決と従来の判決 → 其判決と従来の判例
     6行目  漸次に充満 → 漸次に充実
     7行目  意見を附すこと → 意見を附すること
    ですね。
    あとは、パッと見て目につくのはPace-makerではなく、Peace-makerであるということぐらいでしょうか。
    さすがに全部は目を通せません(笑)
    中途半端になることをお許しください。

  4.  ご指摘ありがとうございました。ご指摘に心より感謝しております。頂いたご指摘につきましては修正したつもりです。考えも、編集方針もなく始めたものなので一貫性がないところがありますが、今後、適宜修正しようと思います。

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