東京地決平成25年9月17日金判1427号54頁〔セレブリックス事件〕

全部取得条項付種類株式の価格決定の事件ですが,株式買取請求権の公正な価格と同じ論点ということで話を進めます。まず,平成17年改正において,ナカリセバ価格のままにすべきで,公正な価格とすべきではなかったのではないかという論点があります1

政策的には,ナカリセバ価格としたほうが,支配権の移転を促進するため,良いと思っていましたが,考えてみると幾つか考慮点があって,どちらのほうが良いのか迷います。ナカリセバ価格とすることは基本的に良いのですが,(1) 本源的価値 と(2) シナジー以外の私的利益を考えたときが特に気になります。

(1) 本源的価値以下で会社を買収する場合,会社の買収者は,社会厚生を損なう取引をして利益を上げている可能性があります。もちろん,本源的価値以下で会社が買収できているということは,現経営陣による経営に対する資本市場の評価よりは効率良く会社を経営できるということだと理解することもできます。相対的にまたは主観的に見れば,買収は,会社の効率性を上げているのかもしれません。しかし,客観的に本源的価値を基準として見た場合,本源的価値が毀損する可能性が否定できません。これが第一の気になる点です。

(2) 第二の気になる点は,表題の事案を見て思ったことです。この事案を見る限り,買取請求権の(価格決定)の価格は,シナジーを考慮した公正な価格として,決定で挙げられた考え方2 を用いるよりも,もっと別の方法が良かったように思えます。この事案では,ナカリセバ価格として,公開買付価格(1310円)より相当低い価額(703円)が認められ,本件MBOの実施によって増大が期待される価値のうち株主が享受してしかるべき部分として,607円が認定されています。私は,次の点を考慮する必要があると思います。

(2a) 第一に,MBOの場合,狭義のシナジーは発生していません。なので,シナジー以外の私的利益を考慮に入れなければ,ナカリセバ価格が公正な価格となるはずです。そのため,シナジー以外の私的利益をどのように分配するのかという問題が生じます。事業上のシナジーの場合,非買収会社によるシナジーの寄与が存在しえます。しかし,シナジー以外の私的利益の場合,ある意味で非買収会社による寄与はありません。

この事案は,マネジメント・バイアウト(以下「MBO」といいます)なので,事業上のシナジー(以下「狭義のシナジー」と言います)は,生じません。しかし,本件の場合,上場維持費用をなくすなどのシナジー以外の私的利益3 が生じます(以下,この広義のシナジーを「シナジー以外の私的利益」と言います)。シナジー以外の私的利益は,分配されるべきでしょうか。端的にいうと,それが難しいと思うのです。

一対一の買収交渉の場合,例えば,典型的な一対一の提案ゲーム4 の場合,(2a-1) 提案に対応する者は,不利益を被るにしても交渉を拒否する可能性がありますし,(2a-2) 提案者もそれなりの額を支払います。しかし,一対多の提案ゲームであれば,提案者は,他の会社に乗り換えるだけですし,非買収者の立場は相当弱いものになります。MBOだから,一対一の提案ゲームに相当し,株主はシナジー以外の私的利益を享受する立場にいるのでしょうか。

(2b) 第二に,ナカリセバ価格を,過去に最高裁が許容したように,過去の株価+補正で計算する場合に,本件では,幾らになったかということです。それと,703円,1310円という価格がどのような関係に立つかを考えてみたいです。計算はしていませんが,例えば,補正された,1310円を超える場合,シナジー以外の私的利益を入れなくても,その金額が下限となるのですから,株主の退出権の補償という考え方と相容れないのではという疑問があります。

(2c) MBOの場合,シナジー以外の私的利益を得ることが経営者にとっての目的です。そして,シナジー以外の私的利益を得ることができない場合,経営者は,MBO自体を行わなくなってしまいます。そのため,シナジー以外の私的利益について,公正な価格の算定では排除すべきと思えます。この考え方は,前述(1)の本源的価値以下での買収を妨げることと,矛盾する考え方です。

(2d) MBOの場合には,情報の非対称性があるため,そのままナカリセバ価格を用いることはできません5 。この場合,情報の非対称性を,情報を有する側に有利に解すべきではないように思えます。であれば,企業価値が上がる内部情報を有している場合,(2d-1) ナカリセバ価格を当該内部情報に基づく価値の分だけ情報に上方修正し,または(2d-2) ナカリセバ価格と本源的価値を比較して,高い価額とすべきように思えます。

纏めてみると,MBO事案での難しさは,(A) 狭義のシナジーが存在しない,(B) 判例がシナジー以外の私的利益について必ずしも明確に議論していない6 ,(C) シナジー以外の私的利益の分配について,公正さを測ることが難しい,(D) 情報の非対称性等にあるように思えます。

  1. 江頭憲治郎「裁判における株価の算定—日米比較をまじえて—」司法研修所論集122号36頁,60頁(2013)。 []
  2. 「株式取得価格決定申立事件における「公正な価格」とは、強制的に株式を取得される少数株主の利益にも配慮し、基準日である取得日において、経営者による企業買収(MBO)が行われなかったならば株主が享受し得る価値(ナカリセバ価格)と、MBOの実施によって増大が期待される価値のうち株主が享受してしかるべき部分とを合算して算定するのが相当であり、裁判所は、その合理的な裁量により、これを決定するものであると解される。」 []
  3. 飯田秀総「株式買取請求権の構造と買取価格算定の考慮要素(三)」法協129巻5号965頁,992頁(2012) []
  4. Christine Jolls, Cass R. Sunstein & Richard Thaler, A Behavioral Approach to Law and Economics, 50 Stan. L. Rev. 1471, 1489–90 (1998). []
  5. セレブリックス事件では,「客観的な企業価値は投資家に開示された情報以外のものも含まれることからすれば、本件において、参加人の市場株価を企業としての客観的価値と認めることはできない」と述べられています。 []
  6. ただし,レックス事件最高裁決定の補足意見において,田原裁判官は,「取得価格は,(1) MBOが行われなかったならば株主が享受し得る価値と,(2) MBOの実施によって増大が期待される価値のうち株主が享受してしかるべき部分とを,合算して算定すべきものと解することが相当である」と述べ,MBOによって価値が増大すること,すなわち,シナジー以外の私的利益が存在することを黙示している []

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