難しい問題が多いのですが,少し考えてみました。
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MBOの場合には事業上のシナジーはありません。本件の場合,プレミアムから判断して,プレミアムの源泉は,(セレブレックス事件と違い)上場費用がなくなることだけではないと考えられます(事業規模がそれほど大きくないので,上場費用の削減という影響は考えられます)。
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では,買収者は,なぜ市場価格よりも高い金額で買収できるのかが問題となります。それは,買収者が享受できる私的利益が存在するからで,これを(前回のポスト同様)シナジー以外の私的利益と呼びます1 。
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シナジー以外の私的利益はなぜ生じるのでしょうか。それは,買収者が考える価値と市場価格に乖離があるからです。では,なぜ,市場価格は,買収者が考える価格と解離するのでしょうか。つまり,なぜ,株価は,買収者が考える価値よりも低いのでしょうか。これには,幾つかの可能性が考えられます。
a. まず,市場が非効率である場合が考えられます。市場が非効率な場合,株価は,市場に開示されている情報を反映していないことになります。この場合,買取価格の決定において,市場価格を用いることができるかは,(3a-1) ナカリセバ価格を算定するのか,もしくは(3a-2) シナジー分配価格を算定するのか,(3a-3) 買収されること自体に反対するのか,もしくは(3a-4) 買収されることには賛成だが条件に反対なのか,(3a-5) 買収者が第三者なのかもしくは(3a-6) マネジメント・バイ・アウトなのかで異なりえます2 。
b. 他方,仮に市場が効率的だとする場合,問題は,株主と経営者の情報の非対称性です。株主が知らない会社の価値に関する情報を経営者が有している場合,経営者は,時価以上の価格で株式を購入することができます。MBO事案において,会社法制定後は,この情報の非対称性を公正な価格の判断にあたって考慮すべきであるように思えます。
c. 追加で考えられるのは,企業価値評価上の(3c-1) ディスカウントとプレミアムの適用の有無が評価者によって違うことや(3c-2) そもそもの評価手法が評価者によって違うということが考えられます。〔2014年2月6日追記〕
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そもそもシナジー以外の私的利益が公正な価格に含まれるべきかという問題があります3。これは,買収やマネジメント・バイ・アウトを促進すべきかという政策的な問題も含んでいます。
a. もし,MBOにおいて市場価格を用いずに公正な価格が算定されるべきだとしたら,その理由は,(4a-1) 情報の非対称性がMBO事案において無視できないからか(4a-2) 退出権の下限としての本源的価値のように思えます。
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話題を変えて,純資産額についてです。まず,純資産額は,開示されているので情報の非対称性はありません。では,純資産額を下回る株価がついていのはなぜかといえば,市場がインカムアプローチを用いて株主価値を計算しているからだと思います。支配株主等がいて,その者だけが清算価値へのアクセスを有するとき,清算価値を少数株主に分配すべきかというのは,支配権プレミアムを少数株主に分配すべきかという問題と同様,難しい問題です4。
a. 株価が純資産額を下回るということは,市場がインカムアプローチで企業価値を計算していて,会社について総体として負のNPVを有するプロジェクトを実行して会社の価値を毀損しているということになります。この場合,会社の支配権を,会社財産を有効活用できる第三者が取得することは,社会厚生の増加に資するものと言えます(ただ,買収者のDCFに基づく価値算定の結果が純資産額を下回る場合,買収者が有効に資産を活用できていないのではないかという疑問は,払拭できません)。
b. 裁判所が公正な価格として純資産額を下限とする場合,純資産額以下での買収は,今後生じなくなります。これは,財の移転を妨げる効果が大きすぎるように思えます。
なお,恐縮ですが,幾つかの引用は省略しています。
- 飯田秀総「株式買取請求権の構造と買取価格算定の考慮要素(三)」法協129巻5号965頁,992頁(2012) [↩]
- 神田秀樹「株式買取請求権制度の構造」商事1879号4–15頁(2009)。 [↩]
- 柳明昌「株式買取請求権制度における『公正な価格』の意義」青柳幸一編『融合する法律学上巻』359頁(2006)(Lawrence A. Hamermesh & Michael L. Wachter, The Fair Value of Cornfields in Delaware Appraisal Law, 31 J. Corp. L. 119, 144–145 (2005)を引用する)。 [↩]
- 藤田友敬「新会社法における株式買取請求権制度」江頭憲治郎先生還暦記念『企業法の理論上巻』261頁,282頁(商事法務,2007),飯田秀総「公開買付規制における対象会社株主の保護」法協123巻5号912頁,921頁(2006),飯田秀総「株式買取請求権の構造と買取価格算定の考慮要素(一)」法協129巻3号505頁,542頁(2012)。 [↩]