米国会社法

 博士課程に進学する予定がある、修士の大学院生向けに米国会社法に関する書籍についてコメントします。

 最初にケースブックを読む必要があるのか否かが問題になりますが、米国の論文を読む上で、ケースブックを読むことで基礎的な知識を得ることができるので、有益だというのが、私の印象です。論文とケースブックのどちらが重要なのかは正直よくわかりませんが、大学院生のうちに読んでおかないと、いずれ忙しくなってしまうのではないでしょうか。

 私が留学した際には、担当教授が教科書を指定せずに、パッケージを配布していたので、ケースブックが必須だとは思いません。ただ、その後、その担当教授も講義でケースブックを用いるようになったので、現在では、ケースブックを利用して講義を行うことが一般的だと思われます。

 まずは、Bainbridge教授の11版です。私が数年前に調べたところ、米国で一番多く採用されているケースブックであるように思われます。これは、前の版まで、William A. Klein教授、J. Mark Ramseyer教授及びStephen M. Bainbridge教授の共著だったのですが、これら三教授は、会社法の解説を執筆しているので、解説については、そちらを参照するようにという趣旨のことが、第10版に記載されていました。ここからわかるように、このケースブックは、講義を受けることが前提で作成されているように思います。このため、大学院の講読で指定されていればともかく、独学には向いていないように思います。

〔2022年3月29日追記:第11版にも同様の事項が記載されていますが、10版の記述は、次の通りです。「We offer a casebook, not a treatise. All of us have already published handbooks on the subject: Klein’s Business Organization and Finance, with John C. Coffee, Jr., and Frank Partnoy, Foundation Press; Ramseyer’s Business Organizations, Aspen Publishers; and Bainbridge’s Corporation Law and Economics, Foundation Press, and Corporate Law, Foundation Press.」。〕

 なお、このケースブックが米国で採用されている理由として、教員向けのマニュアルが充実しているということを読んだことがあります(そもそも、会社法では、私は、この手のマニュアルを一つも持ってませんので真偽は不明です)。教員になってから何らかの伝手でマニュアルを入手できるのであれば、このケースブックを読むことも選択肢に入るかもしれません。

 前に調べた際には、ニューヨーク大学において、Arlen先生及びKahan先生がこのケースブックを指定していました。

 個人的には、独学するのであれば、このケースブックが良いように思えます。なんといっても、題名に「commentaries」と書いてあるくらいなので、読めばいろいろなことが分かります。Allen教授がデラウェア州の衡平法裁判所を退任したのが1997年なので、少し時間が経ってしまっていて、権威はそれほどでもないかもしれませんが、それでも当時の事件についての裁判所の考え方を理解するのに役立つように思えます(前の版では、第一審裁判官の愚痴っぽいものもありましたが、今はどうでしょうか)。第6版では、Allen先生への献辞が記載されています。こういった献辞は、いつ読んでも心が揺さぶられるものです。

 前に調べた際には、ニューヨーク大学において、Bubb先生がこのケースブックを指定していました。留学当時、Allen先生は、当然ながらこの教科書を指定していました。

 最新版はまだ読めてないですが、前の版と比較して、ある程度ページ数が減った印象です(過去の版にあったインサイダー取引の判例などがなくなっています)。前の版では、とにかく量があって、細かい事実の違いが重要なデラウェア州判例の学習に有益という考え方に基づいていたと思います(百選よりも、商法判例集に近い?)。分量が減っても、この利点が残っているのかが重要ですが、権威あるケースブックなので、今後も重要な地位を占めると考えられます。

 近代会社法の父であるEisenberg教授によるケースブックです。詳細に読んだことはないのですが、企業統治関係は、このケースブックを読んでみても良いのではないでしょうか。前に調べた際には、ニューヨーク大学において、Rock先生がこのケースブックを指定していました。

 他の主なケースブックについては、別途のポストをご覧下さい。

 また、学習に有益な書籍として、次の書籍を掲げておきます。よく引用されるので、結局一度は読むことになりそうな書籍です。

 米国会社法の学習で補足的に有益な書籍には、次のものがあります。

 100頁(第2版では134頁)で米国における会社法を会社法を理解するのは難しいように思えますが、米国の会社法においてどのような点が重視されているのかを理解することはできます。例えば、Limited Liability(7頁)の直後にEntity hielding(8頁)の説明があります。また、証券規制に関する説明があるだけでなく、株式価値評価に関する説明があります。株式価値評価に関する記述が(多くはないですが)されているところをみると、著者は、株式価値評価の手法について理解することが会社法を理解する上で重要だと考えているのではないでしょうか。同様に、株式価値評価の手法として挙げられている手法と記述の割合から、著者が重要な評価手法がどれであるのかが理解できます。

 Amazon.comの「Look inside」の機能で目次をご覧いただくとわかるのですが、Yale Law Schoolにおける会社法学をよく表しているように思われます。様々な資料の抜粋が収録されていて、修士課程の学生が教材とするのに最適であるように思われました。

米国証券規制

 米国証券規制の勉強を独学でするのは、難しいように思えます。ただ、金融商品取引法をある程度理解しているのであれば、母法である米国証券規制もある程度は独学できるようにも思えます。

 米国証券規制を勉強するのであれば、私の一押しは、James D. Cox, Robert W. Hillman, Donald C. Langevoort, Ann M. Lipton & William K. Sjostrom, Securities Regulation: Cases and Materials (9th ed. 2019)です(異論はあろうかと思います)。理由は、証券法制に対するメンテナンス具合が一番緻密だからです。版が変わると、細かいところが修正されていることが多く、それを実感できます。第9版で著者が増え、構成が少し変わった所があり、読者としては戸惑いもありますが、長期的には、その方が良いのでしょう。

 次に、挙げるべきは、John C. Coffee, Jr., Hillary A. Sale & Charles K. Whitehead, Securities Regulation: Cases and Materials (14th ed. 2020)でしょうか。こちらも定番でして、人によってはCHLLSよりもこちらの方を評価するかもしれません。確かに、ケースブックとしての伝統や格式は、こちらのほうが上であるように思えます。もとを辿るとRichard W. Jennings & Harold Marsh, Jr, Securities Regulation: Cases and Materials (1963)です。

 ここで、Stephen J. Choi & A.C. Pritchard, Securities Regulation: Cases and Analysis (5th ed. 2019)を挙げます。この書籍は、情報開示を中心に勉強するのであれば、十分な情報を提供するものと思います。しかし、業規制や他の分野の説明が十分ではないという欠点があります。実務家が情報開示を勉強する場合限定という感じでしょうか。

 次に、Hazen先生の著作です。Hazen先生の著作は、調べ物に向いているように思えます。

 最後に、Louis Loss, Joel Seligman & Troy Paredes, Securities Regulation (4th ed. 2006)とLouis Loss, Joel Seligman & Troy Paredes, Fundamentals of Securities Regulation (7th ed. 2018)に言及しておきます。前者は、学習用というよりは、調べ物のためだと思います。もちろん、証券規制を専門にするのであれば、前から読み進めるということもできると思いますが、どこまで論文の役に立つかは疑問です。後者は、前者よりは学習に向いていると思いますが、出版のタイミング等との関係で必要な情報が載っているのかご確認ください。権威があるので、論文執筆時に参照すると良いでしょう。

 また、幾つかの書籍が日本語で出版されております。論点を理解したり、全体像を掴むために最初に読むのに有益という気がします。

〔2022年1月17日追記〕

 米国では、学習用にhornbookがありまして、証券規制も例外ではありません。最近は、あまり読みませんが(そういえば、新版は買ってもいません)、勉強し始めた頃は、複雑な規制が整理されていて役に立ちました。忘れてしまった論点を思い出す場合にも有益なように思えます。

 まずは、安定のPalmiter先生です。新版が出ていることに今気づきました。定期的に改定してくださっているので、ありがたいことです。Hazen先生のものは読んだことがありませんので、コメントを控えます。

 一応、GilbertのSecurities Regulationも挙げておきます。個人的には、こちらの方をよく参照しましたが、今となっては古いため、こちらを参照するのは控えたほうが良いように思えます。

企業価値評価

 ファイナンスに続いて企業価値評価に関する書籍を紹介します。

 私がソニー時代に読んだものとして、まず、K・G・パレプ=P・M・ヒーリー=V・L・バーナード(斎藤静樹監訳)『企業分析入門』(東京大学出版会,2001)が挙げられます。他の類書と比較して、迂遠だと思われる内容が多いような気がしますが、当時は、知らないことが多く、とても参考になりました。発展的な内容を理解する上での基礎知識として有用でしょう。英語版は、Krishna G. Palepu & Paul M. Healy, Business Analysis and Valuation: Using Financial Statements (5th ed. 2015)だと思います。

 財務部時代には、証券会社のアナリストレポートに対するアクセスがあり様々な会社の少なくとも数百のアナリストレポートは読んだような気がします。今はよく存じ上げないのですが、当時、JPMやCは、DCFを用いた企業価値評価をアナリストレポートに掲載していることが多く、場合によっては、計算に用いたエクセルシートにアクセスすることもできました。他方、GSの無駄を排してA4で1枚から2枚に纏まったPER重視のアナリストレポートからは、市場での関心がどのような点に向いているのかを教えられました。また、Bloombergにアクセスすることもできましたし、I/B/E/Sへのアクセスもありました。今となっては、証券会社が用いるデータベースも様々ですが、一会社員にしては、色々な情報に触れて、市場の動きや考え方を理解する上で有益だったように思えます。

 次に読んだのは、Shannon P. Pratt & Alina V. Niculita, Valuing a Business: The Analysis and Appraisal of Closely Held Companies (5th ed. 2008)だったように思います。当時は、第4版でした。この書籍で、企業価値評価の基本を学んだように思います。また、今から考えると、早いうちから非上場会社の企業価値評価の難しさに触れた点が有益でした。Amazonによると、2021年末にShannon Pratt & Roger Grabowski, Valuing a Business: The Analysis and Appraisal of Closely Held Companies (6th ed. 2021)が出版されるようです。

〔2022年4月9日追記:会社法研究者は、上場会社の企業価値評価に触れる機会が多く、非上場会社の企業価値評価を検討する機会は、相対的に少ないように思います。しかし、企業価値評価の理論自体は、非上場会社にも上場会社にも共通で当てはまるものです。理論的な観点からいえば、非上場会社の企業価値評価が原則で、上場会社には例外的な考慮点があるという理解が正しいのではないでしょうか。現在の上場会社の企業価値評価は、上場会社であることの特性に過度に影響を受けすぎているように思います。判例法理や会社法学が非上場会社の企業価値評価について、その手法や論点を確立した後に、上場会社の事案が発生して検討すれば、現在のような理解にはならなかったように思えます。これも経路依存の一例でしょうか。〕

 留学前には、鈴木一功『企業価値評価〔実践編〕』(ダイヤモンド社,2004)と首っ引きでした。当時、企業価値評価の実務について解説する書籍が限られていたため、この書籍が実務的な側面を解説しているのはとても有用でした。長らく在庫切れだったと記憶しているのですが、今では、Kindle版も出版され、アクセスしやすくなっています。数年前に著者にお目にかかった際に、同書から多くを学んだ点と新版を出してほしいという個人的な希望をお伝えしました。それが原因だったとは思わないのですが、鈴木一功『企業価値評価〔入門編〕』(ダイヤモンド社、2018)が出版されています。

 次は、マッキンゼー・アンド・カンパニー『企業価値評価〔第6版〕上』(ダイヤモンド,2016)及びマッキンゼー・アンド・カンパニー『企業価値評価〔第6版〕下』(ダイヤモンド,2016)です。当時は、第4版の翻訳でした。この書籍によって、企業価値評価を学ぶことが容易になったように思います。英語版は、McKinsey & Company Inc., Valuation: Measuring and Managing the Value of Companies (7th ed. 2020)で、第7版が出ています。

 留学前からダモダラン先生のお名前は伺ったことがあるのですが、その著作を読んだのは、留学後でした。企業価値評価関連で、多くの著作がありますが、Aswath Damodaran, Damodaran on Valuation: Security Analysis for Investment and Corporate Finance (2d ed. 2006)は、多く参照されるものの一つです。

 企業価値評価は、他にも色々とありそうですが、代表的なもので直ぐに思い浮かぶのは以上ということで。

コーポレート・ファイナンス

 ファイナンスの良書を(個人的な経験に基づいて)紹介します。筆者が浅学非才であるという制約がありますし、遺漏があるかもしれませんが、コメント欄でご教示いただければ幸いです。

 まずは、ソニー時代に読んだ書籍として、ツヴィ・ボディ=ロバート・C.マートン=デーヴィッド・L・クリートン(大前恵一朗訳)『現代ファイナンス論—意思決定のための理論と実践〔原著第2版〕』(ピアソン桐原,2011)を挙げます。独学でも理解できるくらい丁寧に説明されているという印象です。ただ、難易度は高くないですし、時間がない場合には、次の書籍から読み始めても良いように思えます。ただ、私は、この書籍のおかげで、次のステップに進むことができました。英語版は、Zvi Bodie et al., Financial Economics (2d ed. 2008)です。

 次に読んだのは、リチャード・A・ブリーリーほか(藤井眞理子=國枝繁樹訳)『コーポレート・ファイナンス〔第10版〕上』(日経BP、2014)及びリチャード・A・ブリーリーほか(藤井眞理子=國枝繁樹訳)『コーポレート・ファイナンス〔第10版〕下』(日経BP、2014)です。ソニーの財務部時代に読みました。当時は、第6版だったと思います。少なくとも、上巻は、独学でも十分に理解できる内容でした。理解しやすいので、読み進めることも難しくないように思います。博士後期課程にいた頃は、最新版ということで英語版を確認していました。Richard Brealey et al., Principles of Corporate Finance (13th ed. 2019)です。

 ニューヨーク大学の大学院でファイナンスの講義を受けた際の指定教科書は、Stephen Ross et al., Corporate Finance (12th ed. 2018)でした。当時は、第7版だったと思います。説明が明確で、Brealey Myersよりも、説明されている話題が多く、ファイナンスが良く理解できたと感じました。日本語版は、スティーブン・A・ロスほか(大野薫訳)『コーポレートファイナンスの原理』(きんざい,第9版,2012)になります。新版に対応してほしいと願うのですが、なかなか実現していません。少し古いのですが、基本的な理解には十分であるように思えます。

 日本では、ブリーリー先生の教科書が特に人気を集めているように思えます。ロス先生の教科書は、翻訳の出版ペースが遅いのが仇になっているのかもしれません。ただ、この2つが長い間、定番の教科書だったということに多くの方が同意すると思います。

 この2冊の教科書に割って入っているのが、Jonathan Berk & Peter DeMarzo, Corporate Finance (Global 5th ed. 2019)であるように思えます。日本語版は、ジョナサン・バーク=ピーター・ディマーゾ(久保田敬一ほか訳)『コーポレートファイナンス入門編〔第2版〕』(丸善出版、2014)及びジョナサン・バーク=ピーター・ディマーゾ(久保田敬一ほか訳)『コーポレートファイナンス応用編〔第2版〕』(丸善出版、2014)があります。

 以上が、ファイナンスの教科書です。どれを選択してもファイナンスの基礎は十分理解できるようになるでしょう。補遺として、幾つかの書籍を紹介します。

 最初に、William A. Klein, John C. Coffee, Jr. & Frank Partnoy, Business Organization and Finance: Legal and Economic Principles (11th ed. 2010)です。Allen教授が自らが執筆したケースブックに加えて、副読本として指定していました。最初にこの書籍を読んだときには、とても感動したと記憶しているのですが、最近、手にしてみると特に感動はありませんでした。版が変わったからでしょうか。

 証券投資寄りのファイナンスの入門書として、俊野雅司ほか『ファイナンス論・入門』(有斐閣コンパクト、2020)が挙げられます。著者からご恵与頂いたのですが、広い分野のファイナンスをコンパクトに纏めているという点で優れているように思います。

 Burton G. Malkiel, A Random Walk Down Wall Street: The Time-Tested Strategy for Successful Investing (12th ed. 2019)は、留学中に受けた講義の副読本でした。対応するバートン・マルキール(井手正介訳)『ウォール街のランダム・ウォーカー〔原著第12版〕株式投資の不滅の真理』(日経BP、2019)が出版されています。これに加えて、リチャード・セイラー(篠原勝訳)『セイラー教授の行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2007)を読むのが良いと思います。英語版は、Richard H. Thaler, The Winner’s Curse: Paradoxes and Anomalies of Economic Life (1992)です。初めて読んだ時に衝撃を受けました。

 他にも思いついたものがあれば、随時追記していくことにします。